日本メディカル心理セラピー協会

日本メディカル心理セラピー協会は、心のケアを中心とした技術の各スキルの水準がある一定以上であることを認定するものです。各スキルを有する技術者として備えるべき能力についての水準を示すことにより、それら技術の向上に資すること、また、各スキルを利用する企業、現場が人員の採用を行う際に役立つよう客観的な評価の尺度を提供し、これを通じて各スキルの技術者の社会的地位の確立を図ることを目的としています。

学校給食はこんなに変わった!~日本メディカル心理セラピー協会トリビア

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ここでは日本メディカル心理セラピー協会の資格にちなんだトリビアをご紹介します。

 

日本メディカル心理セラピー協会には「チャイルド心理カウンセラー」の資格があります。

 

子どもたちの関心事のひとつに学校の給食があります。

 

今のような給食は昔からあったわけではありません。

 

【最初に給食が始まったのは山形県

最初に日本で給食を始めたのは私立の小学校でした。

 

そこは山形県鶴岡町(現:鶴岡市)の私立忠愛小学校。

 

1889年のことです。

 

私立なので当然国が補助した訳ではなく、この学校を建てたお坊さんが貧しくてお弁当を持ってこられない児童たちのために出した昼食でした。

 

それはお坊さんが一軒一軒お経を唱え、いただいたお米やお金で用意した食べ物です。

 

その時のメニューはおにぎりと焼き魚、漬物。

 

子どもたちは喜んで食べたそうです。

 

現在も「学校給食発祥の地」記念碑が、学校のあった大督寺にあります。

 

【国が補助金を出すように】

その後国が給食の補助金を出すようになったのは、昭和に入ってからのこと。

 

これは関東大震災(1923年)や世界大恐慌(1929年)で、日本が経済的に不況になったため、貧困児童が非常に増えて問題になったからです。

 

1932年「学校給食臨時施設方法」という訓令で、貧困児童救済のための給食が初めて始まりました。

 

でもこれで学校給食を食べられるようになったのは、わずか数%の子供たちだけでした。

 

それさえも戦争のため、食糧難になり給食は中一時中断になったのです。

 

【戦後再開された給食】

戦争に負けた日本の学校給食は、アジア救済連盟(LALA)、国際連合児童基金ユニセフ)、占領地域救済基金ガリオア)などによって再開されました。

 

今のような給食制度になったのは、1954年「学校給食法」が制定されてからです。

 

時代によってメニューも様変わりしています。あなたの頃はどんなメニューでしたか?

 

日本メディカル心理セラピー協会には、さまざまな心理カウンセラーの資格がそろっていますよ。ぜひアクセスしてみてくださいね!